「21世紀の医薬品のあり方に関する懇談会」最終報告




1993年5月

 薬務局長の私的諮問機関


  はじめに
  
   当懇談会は昨年10月設置され、「これからの医療における医薬品のあり方とそれを踏まえた行政の役割」をメイン
  テーマに検討を行ってきた。このうち、第1のサブテーマである「国民のニーズ、国際化等を踏まえた医薬品の研究開
  発の推進」については、本年2月、「良い薬を早く患者の手に」と題する中間報告を行い、創造性豊かな新薬の研究開
  発の促進について提言した。そして、その後、残る第2のサブテーマである「医薬品の適正使用の推進」について検討
  を進めてきた。
  
   医薬品は、医療の中でそれが適正に使用されてはじめて、その目的を達成することができることは言うまでもない。
  しかも、近年の医療の質の向上を求める国民意識の高まり、薬を使うことの多い高齢者の増加、薬理活性が強く適正な
  使用方法によらないと副作用の発現する可能性が高まる医薬品や使用方法の複雑な医薬品の増加等に伴い、医薬品の使
  用をめぐる問題は重要な課題となっている。このような状況を考慮すると、従来、医薬品をめぐる行政施策は主に医薬
  品の製造・販売段階にとどまっているのを、今後は、医療の現場における患者への使用や使用後のフォローアップまで
  を対象に一貫した施策を講じていく必要がある。
  
   当懇談会はこのような問題認識に立ち、医薬品の適正使用をめぐる問題点や適正使用をすすめるための方策等につい
  て総合的な検討を行った。また、併せて医薬品の安全性確保や適正使用と関連の深い製造物責任制度の問題及びこれか
  らの医薬品使用や医薬品産業の構造問題を考える際に欠かせない後発品のあり方、更に、最近問題となっているワクチ
  ンの安全性等についても検討を行い、意見をとりまとめることができたので、ここに報告する。

 I 医薬品の適正使用の推進
  
  1 医薬品の適正使用とは何か
  
     医薬品は医療に不可欠であるが、有効性、安全性や品質が確保された医薬品も本来の使用方法に従って適正に使用
    されてはじめてその機能が発揮され、国民の医療に貢献することができる。

     医薬品の適正使用という用語は、現在、様々な意味で使われているが、本報告では次のように考える。即ち、医薬
    品の適正使用とは、まず、的確な診断に基づき患者の状態にかなった最適の薬剤、剤形と適切な用法・用量が決定さ
    れ、これに基づき調剤されること、次いで、患者に薬剤についての説明が十分理解され、正確に使用された後、その
    効果や副作用が評価され、処方にフィードバックされるという一連のサイクルと言えよう。こうした適正使用が確保
    されるためには、医薬品に関する情報が医療関係者や患者に適切に提供され、十分理解されることが必須の条件であ
    る。医薬品は情報と一体となってはじめてその目的が達成できるからである。

  2 医薬品の使用をめぐる環境の変化と適正使用の重要性の高まり。

     今日、医薬品の適正使用の重要性はますます高まっている。この背景には、生命科学等の進歩により新薬の開発技
    術が高度化し、医薬品そのものの数が増加するとともに、薬理活性が強く適正な方法によらないと副作用が発現する
    可能性が高まる医薬品や使用方法が複雑な医薬品が増加し、医薬品の選択や使用について、慎重な取扱いが求められ
    るようになってきたこと、また、高齢化に伴い、複数受診や合併症による多剤併用と長期投与が増加していること、
    更に、インフォームド・コンセント(説明と同意)や医療の質の向上に対する国民の関心の高まりなどがある。

 3 医薬品の使用をめぐる問題点

      医薬品の使用をめぐっては、次のような問題点が指摘されている。

   1) 情報収集・提供の問題

     医薬品の適正使用のためには、まず、必要な情報が収集され、医療関係者に適切に提供されることが不可欠である。
    医薬品情報は主に製薬企業から、例えばMR(medical representative、医薬情報担当者)などの情報担当者や添付
    文書により提供されているが、副作用情報、併用・長期間使用時の情報、類似薬との比較情報等医療関係者のニーズ
    の高い情報が乏しいこと、添付文書等が使い易い情報になっていないこと、医療用医薬品のパンフレットの中には表
    現が適切でないものがあること、医療現場への情報提供が必ずしも効率的に行われていないこと、また、MRの在り
    方や資質の問題、患者に対する投薬時の説明の不徹底、国民の医薬品に関する知識の不足の問題がある。

   2) 医療現場における問題

     適切な情報が提供されても、医療の現場でそれが十分活用されなければ適正使用は実現しない。現状については、
    医療関係者の医薬品の適正使用に対する認識不足や医薬品についての専門知識の不足、院内における情報の収集・評
    価・伝達機能の不備、患者の薬歴管理・服薬指導やチーム医療の不徹底、患者への説明不足、抗生物質製剤を含め薬
    剤の使用に関する適切な評価がなされていないこと、薬剤の選択が薬価差に影響ををうけ易いこと等の問題がある。

    3) 教育・研修及び研究の問題

     以上に指摘した問題点の背景には、医師については医薬品、薬剤師については医療等に関する教育・研修の不十分
    さ、MRの教育・研修体制の不備等教育・研修の問題がある。また、臨床薬学、臨床薬理学、薬剤疫学、薬物動態学、
    医薬品情報学等医薬品の適正使用と関連の深い領域における学問的研究の立ち遅れの問題がある。

 4 適正使用のための方策

 (1)基本的考え方

   従来、医薬品に関する施策は主に、製造から販売段階までを対象に行われてきたが、医薬品は、医療の中で適正に使
  用されてこそ本来の目的を達成することができることを考えれば、今後は、医療の現場における患者への使用や使用後
  のフォローアップまで対象を拡げ、医薬品の製造から使用に至る一貫した対策が求められている。

   このようななかで医薬品の適正使用を確保するためには、行政、医療の現場、大学、製薬企業等が各々の役割を明確
  にした上で、医薬品情報の収集・提供・評価のための体制づくりや教育・研修及び研究などの基盤整備等の対策を総合
  的に進めていく必要がある。
 (2)具体的方策

   1)医薬品情報の収集及び提供システムの充実

    ア 医薬品情報の内容の充実

     医薬品は、情報と一体となってはじめてその目的を達成できるものであるが、医療現場で必要性が高い情報である
    にもかかわらず、必ずしもその蓄積や提供が十分でないものが多い。例えば、高齢者、小児、妊産婦等特殊な患者に
    関する情報、長期間使用や併用時の有効性及び安全性に関する情報、投薬禁忌に関する情報、類似薬との比較や代替
    薬に関する情報、第1次選択薬か最終選択薬かの情報、不適正使用時や副作用発生時の対応に関する情報などである。

     これらの情報の収集と提供は第一義的には製薬企業の責任であるが、行政においても副作用モニター制度や医薬品
    の承認審査、再審査及び再評価制度を充実強化するなど種々の方法を通じて、これらの情報の収集に努め、サマリー
    ベーシスの作成等によって広く医療機関等に情報提供する必要がある。特に、類似薬との比較情報等については個々
    の製薬企業において作成することが困難なので、行政の主導の下に作成することが望まれる。

     なお、医薬品は国境を越えて使用されており、市販後における医薬品の情報が効率よく国際的に収集され、評価さ
    れ、伝達されるよう国際的な調和に配慮する必要がある。

   イ 医薬品情報等の作成と添付文書等の改善

     医薬品情報は目的に応じ効率的な情報が提供できるよう体系的に作成されることが必要である。

     医療関係者の利便に資するためには、膨大な医薬品情報を一つにまとめた「総合的医薬品情報集」や医師及び薬剤
    師が服薬指導する際利用する「医薬品服薬指導情報集」などの統一的な情報集が求められており、これらは個別の製
    薬企業では対応困難なので、行政が主体となって製薬企業、医療関係者などの協力を得て作成することが望まれる。
    個々の病院では繁用する医薬品について「院内使用医薬品集」を作成することが有益である。

     また、以上のような医薬品集はデータベース化して医療関係者の情報の利用を容易にすることが望ましい。

     医薬品情報は、医療関係者にとって使い易く、わかり易いものでなければならない。このため、添付文書等はでき
    るだけ具体的でわかり易い表現にすることが必要である。また、製薬企業が作成する医療用医薬品パンフレット等に
    ついては、効能効果ばかりでなく副作用等の情報についても正確に記述し、客観的な内容とするよう一層努力する必
    要がある。

   ウ 情報収集・提供方法の改善

     医薬品情報の収集と提供を効率的に行うため、製薬企業から医療機関や薬局に対し、パソコン、ファックス、ビデ
    オ等を活用した情報提供を工夫したり、院内においても「院内使用医薬品集」のデータベース化や統一ソフトに基づ
    く患者データベースの作成により情報の利用や管理を容易にし、医薬品の適正使用に役立てることが望まれる。また、
    病院間や病院、診療所及び薬局間で医薬品情報や患者情報等を迅速に交換できるよう病院、診療所及び薬局間の情報
    ネットワークを整備することが望ましい。

     副作用モニター制度については、モニター病院から行政に対する一方的な報告にとどまっている現行制度を改め、
    モニター病院と行政との間をオンラインで結び、双方向で迅速な情報交換を行い、モニター病院が副作用情報等を活
    用できるよう、制度の改善を図る必要がある。
      また、CRO(Contract Research  Organization,情報収集・提供受託機関)の法的位置づけや活用について検討
      する必要がある。

  エ 院内における情報の収集・提供機能の整備・充実

     病院においては、製薬企業等外部からの情報を受信し、評価し、客観性を持たせ使い易い形に加工した上で、医療
    の現場に発信する基地として「医薬品情報管理室(DI室)」の設置を促進するとともに、その活動を充実強化して
    いく必要がある。更に、その情報提供機能を地域に開放し、病院薬剤師と開業医や薬局薬剤師が相互に医薬品情報等
    を交換し、連携を図ることが望まれる。また、副作用情報の収集を促進するために「副作用情報委員会」を設置する
    ことも効果的である。
      今後、このような院内機能を普及するに当たっては、モデル事業を実施することが考えられる。

   オ 患者及び一般消費者に対する情報提供と相談体制の整備

     医薬品について患者の大きな不満は説明が不十分なことである。不十分な説明だと、患者が納得して正確に服用す
    ることは期し難い。更に、使用方法の複雑な医薬品や多剤併用の増加、高齢者の増加などを考えると、正確な服薬の
    ために患者に対する服薬指導はますます重要となっている。

     患者に対し、間違いなく理解してもらうには、口頭による服薬指導ばかりでなく、医療機関や薬局において文書に
    よる患者向け「服薬指導書」を作成し、交付することが効果的である。既に,EC諸国やわが国の一部医療機関にお
    いては、患者向けの服薬説明書の交付が行われ好評を得ている。行政においてはガイドラインの策定などによりその
    全国的な普及を図る必要がある。また、在日外国人の増加に対応し、必要に応じて医療機関や薬局において外国文の
    服薬説明書を備え置くことについて検討する必要がある。

     また医薬品の適正使用を確保するためには、国民が若い時から医薬品について正しい知識をもつことが前提となる。
    中学校の保健衛生教育指針の中で医薬品についての教育の必要性が取り入れられたところであるが、その活用が望ま
    れる。とりわけ 高齢者については、心身の機能が弱まり、医薬品を使用することが多いので、保健所等において高
    齢者等を対象に医薬品の正しい使い方等について啓発活動を実施することが必要である。

     また、国民の間に医薬品についての心配や相談事などが多いことをを考えると、公的な機関などで、一般消費者か
    らの医薬品についての相談に応じる「薬相談室(薬110番)」を設置することも望まれる。

    2) 医療現場における医薬品適正使用の推進

     医薬品は医療の現場で医師や薬剤師等の医療専門家を介して使用されるものであるから、医療の現場において医薬
    品の適正使用のための土壌が形成されていることが不可欠である。このような観点から特に医療現場においては、医
    薬品の使用に当たってチーム医療の推進や患者への十分な説明、患者の薬歴管理の充実、「薬剤評価委員会」の設置
    などによる薬剤使用の適切な評価方法の導入、MRSA等による院内感染防止をも念頭においた抗生物質製剤の適切
    な使用方法の徹底等、医薬品の適正使用のための取組みが求められている。行政においては、ガイドラインの策定な
    どによりこれらの医薬品の適正使用のための取組みを普及推進する必要がある。

    3) 医薬分業の推進(かかりつけ薬局の育成)

     医薬分業は、医師と薬剤師がそれぞれの専門性を発揮して医薬品の適正使用をすすめるシステムであるが、医薬品
    の高度化、使用方法の複雑化や高齢者の増加に伴いその重要性が高まっている。すなわち、高齢者は複数の医療機関
    に受診することが多いため、医薬品の使用に当たって重複投薬や相互作用の危険性が高くなる。このような危険性を
    回避するためには、同一の患者が服用する薬については1か所です
    べてをチェックする、すなわち、薬歴管理を行い、適正な服薬指導を行うことが必要となってくる。また、併せて、
    患者の体質、既往症などをよく承知し、医薬品について気軽に相談に応じてくれる薬局、いわゆる「かかりつけ薬局」
    が身近かにあることは極めて有益である。
    以上のようなニーズに応えるためには、住民が身近かなところに「かかりつけ薬局」を定めることが望ましく、行政
    としても「かかりつけ薬局」を育成する必要がある。

     医薬分業は、高齢化時代の医薬品の安全な使用のために不可欠なシステムであり、その普及が望まれているが、近
    年急速に普及しつつあるとは言え、著しい地域格差の存在や薬局の業務運営の面で問題が少なくない。医薬分業を推
    進し、「かかりつけ薬局」を育成するため、今後とも、地域の医療関係者の理解を得るための努力と薬剤師の研修、
    備蓄・情報センターの整備など薬局の受入体制の整備を図る必要がある。また、薬歴管理、服薬指導などの薬局業務
    の質の向上を図るため、薬局薬剤師の自主的な努力が強く求められており、行政としてもそれを促す必要がある。

   4) 不適正な医薬品使用を助長する経済的インセンティブの排除

     医薬品の使用に当たっては、的確な診断に基づき、最適の薬剤が選択され、使用されるべきであって、過度な薬価
    差等の経済的なインセンティブによって薬剤の選択や使用がゆがめられることがあってはならない。このためには、
    公正な購入手続を含め流通の透明化の推進、行き過ぎた非価格競争の是正等医薬品の流通改善を引き続き推進すると
    ともに、過剰使用が指摘されている医薬品や販売姿勢に問題があると言われる後発品等については、実勢価格の把握
    に努め、薬価の適正化等を図ることが必要である。

    5) 医療関係者の教育及び研修の充実と研究の推進

  ア 医師及び薬剤師の教育・研修

     医薬品の適正使用をすすめるためには、医師、薬剤師等医薬品を取り扱う医療専門家が医薬品についてより一層専
    門的知識をもつことが不可欠である。

     このため、医師及び薬剤師の教育や研修において臨床薬理学、医薬品情報学、処方学等の医薬品関連教育を充実す
    ることが望まれる。特に、薬剤師についてみると臨床医学、臨床薬理学、医薬品情報学等の臨床面での教育が不足し
    ており、また薬剤師教育において医療機関や薬局における研修が行われていないなど問題が少なくない。このような
    教育や研修を行うとなると、現行の四年制の教育では到底おさまらず、教育年限の延長を含め、抜本的な見直しが必
    要である。また、薬剤師国家試験についても、薬局医療機関などの医療の現場で勤務する薬剤師が勤務薬剤師の60
    %を占め増加傾向にあることや、医療環境や医療ニーズの変化等を踏まえ医療の担い手としての薬剤師の養成を重視
    するという観点から、必要な見直しを行うべきである。
     更に、日進月歩する医療内容に即応できるよう、特に臨床薬理等の分野における薬剤師の卒後研修の一層の充実が
    不可欠である。

   イ MRの教育・研修体制の充実及びMRの資格化

     MRは医師に対する医薬品情報の提供源として重要な位置を占めている。また、平成4年4月から始まった流通改
    善によりMRは価格交渉には関与してはならないこととされた。これにより、MRは医薬品・医療情報の提供、市販
    後の情報の収集等専ら医薬品情報の専門家としての役割が明確にされ、その役割は従前にも増して重要となっている。

     このような専門家としてMRの資質の向上を図るためには、MRの教育・研修の充実が何よりも求められている。
    また、MRの資質の向上を図るとともに、MRが誇りと生きがいをもって業務に専心できるよう、諸外国の例も参考
    にしつつ、行政や関係者間でMRの資格化について早急に検討する必要がある。

   ウ 研究の推進

     医薬品の適正使用を推進するためには、大学や公的研究機関においてその学問的基礎となる臨床薬学、臨床薬理学、
    薬剤疫学、薬物動態学、医薬品情報学等の研究を推進する必要がある。

 II 製造物責任問題への対応

  1.製造物責任の意義

   医薬品が有効で安全なものとして国民医療に貢献するためには、優れた医薬品を開発し、これを適正に使用すること
  が必要である。本懇談会においてはそのための方策を種々検討してきたところであるが、そのような方策をとってもな
  お医薬品による被害を100%防止することは困難である。不幸にして医薬品による被害が生じた場合において、いか
  にこれを救済するかについて、民法上の制度の他、既に医薬品副作用被害救済制度があるが、近年、製造物一般につい
  て消費者被害救済及び被害の未然防止の一方策として製造物責任の導入が議論されている。

   製造物責任は、製品の欠陥によって生じた損害について製造業者等に特別の損害賠償責任(無過失責任)を課すもの
  であり、製品の欠陥に起因する消費者被害の救済の実効性確保の一方策とされ、各方面において議論が行われている。

   昨年11月に提出された国民生活審議会消費者政策部会の報告「総合的な消費者被害防止・救済の在り方について」
  においても、製造物責任制度を含めた総合的な消費者被害防止・救済の在り方について、個別の製品特性等を踏まえた
  検討の必要性が指摘されている。

   本懇談会としては、医薬品と製造物責任の関係について次のように考えるものである。

  2.医薬品の特殊性と製造物責任

  (1)製造物責任は製品全般に関わる問題であるが、医薬品は、他の製品分野にはみられない特殊性を有する製品であ
  り、製造物責任との関係についても、この特殊性を踏まえた上で考えていく必要がある。

   製造物責任との関連から考えた場合、医薬品の特殊性としては、概ね以下のようなものが挙げられる。

    1) 副作用を伴うものであること
    
     医薬品は人体にとってもともと異物であり、その作用は必ずしも人体にとって有用な作用のみとは限らない。一面
    で有効性が認められても他面では有害な作用を及ぼす場合がある。

   2) 臨床試験段階における副作用の予見には限界があること
    
     医薬品の研究開発段階においては、動物による毒性試験や人に対する臨床試験が行われ、これらのデータをもとに
    厳格な承認審査が行われる。しかし、こうした試験等によっても、なお市販後の副作用を完全に予測することはでき
    ないし、臨床試験についても、症例数の限界や実地臨床とのかい離のため副作用を予見することには限界がある。

   3) 医師等の医療関係者を通して情報とともに患者に提供されるものであること
    
     医薬品の有効性及び安全性は、使用方法、使用量等に関する一定の条件を前提として確認されており、医薬品はこ
    れらに関する情報を伴って提供されて初めてその本来の目的が達成されるものである。従って、医薬品は、そのほと
    んどがこれらの情報とともに医師や薬剤師といった医療関係の専門家を通じて患者に提供される。医療用医薬品の場
    合は、医師によって処方ないしは施用され、医師が処方せんを交付した場合はこれに基づいて薬剤師が調剤を行う。
    一般用医薬品の場合も薬局等において薬剤師等の管理下において販売される。

    4) 既に副作用被害救済のための制度が存在すること

     医薬品による副作用による被害を完全に防止することは不可能であるけれども、医薬品を抜きにしては現代の医療
    は成り立たず、疾病の治療等のためには医薬品の使用は不可欠である。このような観点から製薬企業の社会的責任に
    基づく拠出により、医薬品副作用被害救済制度が設けられ、既知の副作用ばかりでなく、未知の副作用によって健康
    被害を受けた者に対しても、簡易な手続きにより比較的短期間(通常7カ月から10カ月程度)で救済が行われてい
    る。

   (2)以上のような医薬品の特殊性を踏まえると、医薬品と製造物責任の関係については、以下のような問題点を指
      摘することができるであろう。

    なお、一言で製造物責任といってもその形は国により、あるいは立法提案者によって様々であり、どのような形をと
    るかによって、問題も大きく異なってくることに注意しなければならない。

    1) 欠陥概念と副作用

       (1) 1)で述べたとおり、医薬品の副作用は、その医薬品の有効成分の持つ薬理作用の反面であり、避けて通れな
      いものである。それにもかかわらず、医薬品として認められ、使用されるのは、副作用があることを考慮しても、
      なお、それを上回る有用性があると認められ、また、そのようなものとして消費者も医薬品を受入れているからで
      ある。従って、製造物責任原理の下で、医薬品について、その副作用だけに注目して欠陥の該当性の判断を行おう
      とするならば、ほとんどすべての医薬品が欠陥を有するということになり、医薬品の存在価値そのものを否定して
      しまうことにつながりかねない。

     医薬品はそもそも有効性と安全性のバランスに立つものであり、医薬品についての欠陥概念は、有効性を考慮して
    もなお認めることができない予想外の副作用を有する場合に限る等この点を十分踏まえたものである必要があろう。

   2) 開発危険と新薬開発

     人口の高齢化、医療ニーズの変化、健康意識の向上等を背景に新しい医薬品に対する期待は高まっている。製薬企
    業の研究開発能力の強化や行政による医療ニーズ等に対応した医薬品の研究開発の環境整備が一層重要となってきて
    いることは、本懇談会の中間報告において提言したとおりである。

     医療の進歩には医薬品の進歩が不可欠であるのに対し、既に述べたとおり、臨床試験段階における副作用の予見に
    は限界がある。製造物責任制度が開発段階において予見不可能であった副作用についてまで製薬企業の賠償責任を課
    そうとするならば、企業の研究開発意欲が損なわれ、結果として優れた医薬品の患者への提供が図れなくなるとの危
    惧が表明されている。

     また、既に述べたとおり、医薬品については、臨床試験段階において予見できなかった未知の副作用も含め、救済
    する制度があることから、製造物責任制度が開発段階において予見不可能であった副作用について抗弁を認めても、
    制度の趣旨が損なわれることはないものと考える。

     これらを考慮し、消費者被害の救済のための民事責任ルールの変更が、かえって新薬の開発による国民医療の向上
を妨げる結果を招来することがないよう十分注意する必要がある。

    3) 推定規定と医療関係者の役割

     医薬品の有効性及び安全性は、一定の使用条件下で確保されるものであるから、その医薬品の有効性及び安全性に
    関する情報が正確に伝達され、これに基づいて適正な使用が行われなければならない。従って、医薬品による被害の
    防止を図るためには、製薬企業と医師や薬剤師といった医療関係者の双方が、それぞれの役割分担を明確にし、責任
    を果たすことによって適正使用を確保することが極めて重要である。

     ところで製造物責任の導入に際して、消費者の証明の負担を軽減する見地から、欠陥の存在や因果関係について推
    定規定を設け、証明責任を原告から被告へ転換するべきであるとの主張が行われている。しかし、これらの推定が、
    製薬企業と医療関係者間の役割分担や責任関係をあいまいにすることにならないよう十分留意する必要がある。

     医薬品の被害防止は製薬企業と適正使用についての責任を有する医療関係者の双方が負うべき義務であり、民事責
    任ルールもこうした被害防止を図るべき立場にある者がそれぞれの責任を自覚し、その役割を果たすことを促すよう
    な仕組みでなくてはならないであろう。

    4) 医薬品副作用被害救済制度との関係

     医薬品副作用被害救済制度は、他の製品分野はもちろん諸外国にもあまり例をみない制度であり、この制度と製造
    物責任制度との関係についても検討が必要である。医薬品副作用被害救済制度は企業の社会的責任に基づく救済であ
    り、製造物責任は民事責任に基づく損害賠償である。このように両者はそれぞれ性格が異なるものであるから、現在
    の過失責任に基づく不法行為責任下におけるのと同様、理論的には互いに併立し得ることは言うまでもない。しかし、
    両者は被害救済という同様の機能を果たしており、現在、医薬品副作用被害救済制度は欠陥とは認められないような
    副作用や、開発危険の抗弁が認められるような未知の副作用による被害も含め、医薬品による健康被害の相当部分を
    カバーし、救済している。また、製造物責任制度導入の論拠の一つに、製造物の欠陥による被害のコストは、被害を
    受けた消費者だけが大きな負担をするのではなく、製造者等に負担させることによって最終的に製造物の価格を通し
    て消費者に転嫁され、消費者全体で広く薄く負担することが所得分配上もより公平であるとの考え方があるが、医薬
    品については、副作用被害救済制度が既にこのような機能を    果たしている。製造物責任制度を考えるに当たって
    は、これら医薬品副作用被害救済制度が果たしている機能に十分留意する必要がある。

    5) その他

     一言で医薬品といっても、化学的合成品や鉱物を原料とするものもあれば、微生物由来や動植物由来のものもあり、
    多様である。その中でも、特に人間の身体の一部を用いたものについては、これを製造物責任制度の対象としてとら
    えるべきかどうかについては問題がある。血液を製造物責任制度の対象としないことについては、おそらく議論の余
    地のないところであろうが、それ以外の血液製剤については慎重な検討が必要である。


    3.まとめ

     以上、医薬品と製造物責任の関係について大きな論点を述べてきたが、製造物責任の問題は、医薬品や医療にま
  つわる多様で広範囲の問題を含んでおり、さらに専門的、技術的な観点から詳細な検討が必要であるので、別途医学、
  薬学の専門家、法曹関係者、消費者代表、業界関係者などからなる検討の場を設けるべきである。

     その際には、これまで述べてきた論点を踏まえ、製造物責任の問題を単に民事責任ルールの問題として捉えるの
  ではなく、新薬の開発による国民医療の向上や医療現場における医薬品の適正使用の問題などとの関係も念頭に置いて、
  真に国民の福祉の向上に寄与する医薬品被害防止・救済はどうあるべきか、という観点からの検討が行われることを期
  待する。


 III 後発品のあり方等

  1.後発品をめぐる問題点

  後発品とは既承認医薬品と有効成分が同一であって、投与経路、用法、用量、効能及び効果が同一である医薬品であ
る。通常、先発品である既承認医薬品の再審査期間及び特許期間経過後に市場に出される。

  後発品は既存医薬品のノウハウを利用して生産されるものであり、承認審査手続きも簡素化されているので、研究開
発コストが先発品より少なくてすむ。一方、保険薬価算定については、同一規格の最も安い既収載品(主に先発品)の薬
価に合わせることを原則としている。このため、先発品よりも大幅な値引きが可能となり、それを利用して、短期間に集
中的に販売し、薬価低下とともに市場から撤退するものがみられ、市場全体として医薬品の安定供給の阻害要因となって
いるといわれている。しかも、医薬品に不可欠の情報提供や副作用情報の収集を行う体制を整えることなく販売している
製薬企業があり、質の面でも未だ医療機関や薬局から広く信頼性を得ているとは言い難い状況である。また、先発品の特
許期間切れ前に、特許侵害の可能性を確認することなく、承認を得、特許紛争を引き起こしている例もみられる。

  2.後発品の意義

   後発品のメリットは何よりも価格が安いということである。わが国は本格的な高齢化社会を迎え、国民医療費の増大
  が予想される中で、後発品は低価格の医薬品供給を通じて国民負担の軽減に資するであろう。また、後発品は医薬品市
  場の競争を促進し、医薬品価格の抑制に寄与するというメリットを有している。

   このような事情を反映し、欧米の医薬品市場においては後発品(ジェネリック薬)は20〜40%の比率を占めるに
  至っている。

   わが国においても後発品を有効に活用できるよう、安定供給、情報の収集・提供、信頼性等の面で条件整備を図って
  いく必要がある。


  3.後発品を有効に活用するための条件整備

   後発品を有効に活用できるようにするためには、後発品企業の自助努力が必要なことは言うまでもないが、行政とし
  ても次のような条件整備を行う必要がある。

    1) 安定供給の確保

     後発品については、市場での販売開始後の供給状況を定期的に把握し、安定供給を確保するために必要な措置を講
     じること。

    2) 情報の収集・提供体制の整備

     情報の収集・提供体制の整備を促進するために市販後調査の実施方法に関するガイドラインを策定し、再審査対象
     品目にのみ適用されているGPMSP(市販後医薬品調査実施基準)を後発品にも適用する。また、情報の収集・
     提供体制を自前で設けることができない製薬企業の取扱いについては、先に述べたCRO(情報収集・提供受託機
     関)の法的位置付けの明確化や活用方法の問題と併せて検討すること。

    3) 製造管理・品質管理の徹底

     後発品の質の面での信頼性を向上させるため、先発品を含めて日常的な品質管理に利用が可能である溶出試験法を
    導入する等規格及び試験方法を充実する。また、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理に関する規制)が製造業の
    許可の要件とされたところであるが、先発品企業に対するのと同様今後その査察を充実すること。

   4) 承認審査段階における特許情報の考慮

     後発品の承認審査にあたっては、医薬品の安定供給を確保する観点から承認後の特許係争を未然に防止するため、
    当該後発品の先発品との特許抵触の有無について確認する等の措置をとること。

    5) 薬価の取扱い

     薬価算定方式のあり方については、中央社会保険医療協議会において審議決定される事柄であるが、次の視点も加
    味して検討されることが望まれる。すなわち、後発品は、研究開発コストが先発品よりもかからないために薬価収載
    当初から、薬価よりも相当に低い価格で販売されていることがある実情を考慮し、収載時の薬価算定に当たっては、
    この点を反映させる方法を検討するとともに、承認後できるだけ早く医療機関が利用できるよう薬価収載の間隔の短
    縮化を検討すること。

  4.ワクチンの安全性等の確保

   最近、新三種混合ワクチンの副反応の発生頻度が当初予想されたものよりも多かったことから接種が当面見合わされ
  る事態が生じ、ワクチンに対する不安などが高まっているが、細菌性やウイルス性疾患の予防におけるワクチンの重要
  性は今後とも減少するものではない。行政としてはワクチンの品質、有効性及び安全性の向上や安定供給を図るため、
  ワクチンの改良研究、バイオテクノロジー等先進的技術を導入した品質管理の高度化、市販後におけるワクチンの有効
  性、安全性に関する情報収集体制の充実強化、ワクチンの供与や技術援助による国際協力、需要が減少し採算がとれな
  くなったワクチンの供給確保などについて積極的に取り組む必要がある。
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